アナトール・ル=ブラース著 「ブルターニュ 死の伝承」 03/06/2009
Posted by Stéphane PÉAN in La Bretagne en japonais/ブルターニュの話し.Tags: Anatole Le Braz, アナトール・ル=ブラース, 死の伝承
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Notre adhérente, Mioko GOHIRA, vient de traduire ”La Légende de la Mort” du Breton Anatole Le Braz, un des grands classique de la littérature bretonne. L’ouvrage de très belle facture reprend les illustrations d’origine ainsi que les notes d’information.
このたび、アナトール・ル=ブラースの代表作、「ブルターニュ 死の伝承」の全訳が藤原書店より出版されました。
ル=ブラースは十九世紀後半から二十世紀始めにかけて活躍した作家・民俗学者です。今年は、ル=ブラース生誕150周年という記念すべき年に当たります。けれども、これまで、その著書が日本で紹介されることは、ほとんどありませんでした。ですから、バルザックやプルーストにくらべ、知名度が低いのはあたりまえです。この本を手にとれば、華やかなパリの文化とはまた別に、フランスの地方に、名もなき人々が伝えてきた豊かな文化があったということがおわかりいただけると思います。
ル=ブラースは学生時代の一時期をのぞき、生涯のほとんどを故郷のブルターニュ地方で過ごしました。そして、暇を見つけては、自分の足でバス・ブルターニュ地方(ブルターニュ西部)をまわり、各地の風習や言い伝えを集めました。そうして採録した伝承のうち、死をテーマにしたものをまとめたのが、この「死の伝承」です。
この本の内容は、三部構成になっています。一つは、人々が守ってきた風習や言い伝えの紹介。もう一つは、そうした風習を背景に生まれた怪談。これは、人々がブルトン語で語った話を、ル=ブラースがフランス語に翻訳したものです。そして最後が、アイルランドやウェールズといった、他のケルト文化圏に見られる類似の風習・怪談についての言及で、主にケルト学者ジョルジュ・ドタンの筆によるものです。
この本に集められているのは、不気味な話、ぞっとする話ばかりではありません。心を打たれる話、哀れを催す話、美しい話、そして愉快な話もあります。そして、いずれの話にも、深い哀愁が漂っています。
十九世紀末から二十世紀初頭のバス・ブルターニュという、現代日本とはかけ離れた時空間に住む人々の物語ですが、死という、どの人もいずれは迎える運命については、同じです。貧しい人々が、死とどのように向き合ってきたかを知るにつれ、高度な情報社会に暮らし、コンクリートジャングルに住む私たちですが、教えられることは多いはずです。
死について考えることは、すなわち、どう生きるべきかを考えることと同じです。忙しい日常で忘れている、根源的な課題について、ふと考えさせられる。これは、そんな本だといえるでしょう。
後平澪子

アナトール・ル=ブラースの代表作、『死の伝承』を翻訳されたとのことですが、それにはどんなきっかけがあったのですか?
かれこれ10年近く前のことになりますが、大学時代たいへんお世話になった先生が当時パリに住んでいらして、ブルターニュに旅行なさったとき、おみやげとして文庫版の『死の伝承』を送ってくださいました。軽い気持ちで夏休みにぱらぱら読み始めたところ、思いがけず心を揺さぶられ、死について深く考えさせられました。この本は、十九世紀末から二十世紀初頭にかけて、バス・ブルターニュの人々に伝わる怪談と死にまつわる風習を記したもので、そこに扱われているのは、非常に特殊な世界です。けれども、その一方で、現代の日本人に訴える、普遍的なものがあるのではないか。そう思いました。当時、私は大切な友人を失ったばかりでしたので、この本から考えさせられたことを他の方々とも分かち合いたいという気持ちから、翻訳を思い立ったのです。
翻訳でいちばん苦労なさったのは、どんな点についてですか?
原書のあちこちで引用されているブルトン語の表記と、地名や人名の読み方をカタカナでどう表記すればいいのか、途方に暮れました。私はまったくブルトン語ができませんから、ブルトン語と地名については、ブルトン・デュ・ジャポンのステファン・ペアン会長にたいへんお世話になりました。また、末尾のzの読みについては、編集者を通じて、原聖先生から貴重なアドバイスをいただきました。この場をお借りして深く御礼申し上げます。
本の中でいちばん印象に残っているのは、どんな箇所ですか?

本の中には怪談が132話収められていて、どの話も大好きですが、特に一つだけ挙げるとしたら86話「コレーの娘」でしょう。お母さんをなくした娘が、毎日泣いてばかりいる。見るに見かねた司祭さんが、お母さんに会わせてあげるから、夜、教会に来なさい、と娘に言います。言いつけどおり真夜中、教会に行くと、死んだ人たちが祭壇に向かって進んで来るのが見える。その行列の一番後ろに、黒い水のいっぱい入った手桶を提げ、辛そうによちよち歩いている女がいて、その顔は怒りで歪んでいました。なんと、それが娘の母親だったのです。黒い水は娘の流した涙でした。生者が嘆き悲しんでばかりいると、死者には救いが訪れない。このメッセージは強烈に心に残りました。
もう一つ、「幽霊船」のエピソードも印象的でした。幽霊船に遭遇した女が、舵をとっているのが海で死んだばかりの夫だとわかって、必死で名前を呼ぶのですが、相手は振り返りもせず、みるみるうちに遠ざかっていく。これを読んだとき、宮崎駿監督の『紅の豚』のワンシーンを思い出しました。
この本について、簡単に紹介するとしたら?
ブルトン人の想像力は無尽蔵だと作者が断言するとおり、この本の中のほとんどの怪談は、私たちの知っているストーリーとは大きく異なっています。例えば、死んだ母親が幽霊となって赤ちゃんを育てる話があります。それだけですと、ああ、「子育て幽霊」の話ね、日本にもあるわ、と思うでしょうが、結末はまったく違う。肝試しの話なども、日本の「幽霊滝の話」とは違います。美しい話、お化け話、怖い話、愉快な話など、一言に怪談といっても、その趣はさまざまで、読めば読むほど、物語の舞台となったブルターニュ西部に行ってみたくなります。悪霊が封印されるというユーン・エレーズやテヴェネックの岩場など、実際に見てみたいと思われることでしょう。これは、ブルターニュを理解するうえでの格好の書でもあります。
それと同時に、人間は年を重ねるとともに、死への向き合い方が変わってきます。若いとき、人は自分が不死身であるかのように錯覚するものです。それが中年になると、近親者が亡くなり、否が応でも死を考えざるをえなくなる。さらに老年に入ってくると、死は避けて通れない問題となります。この本は、そのときどきに、様々なことを考えさせてくれる。お手元に置いて、ときどき思い出したときに開いて、長く愛読していただければ…と切に願っております。
























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